ラウンドテーブルディスカッション 3:
高血圧診療で内心疑問に思っていること
高血圧診療はガイドラインに依拠して行うことが必要だが、実際にはガイドラインの勧告が実地診療に十分に生かされてないと指摘する声が少なくない。また、24時間血圧測定(ABPM)や家庭血圧の導入、心血管病リスクに関する知見の蓄積、降圧薬の多様化に伴う治療法の変化などにより、ガイドラインがまだ適切な対応を示していない問題も少なからずある。本セッションでは、ガイドラインが実地診療にどの程度反映されているか、高血圧診療に関して浮かび上がってきた問題点などを4人の演者が取り上げ、それらにどう対処すべきかについて提言を行った。
高血圧診療ガイドラインに示された家庭血圧測定手順に従うべきか
- 東北大学大学院薬学・医学系研究科臨床薬学分野
- 今井 潤氏
これまで血圧測定については、水銀血圧計を用いる聴診法が標準とされてきたが、信頼性に問題のあること、多忙な実地診療においてガイドラインの勧告する測定手順が実施されていないことから、より信頼性の高い測定法が求められている。また、測定される血圧そのものも、外来血圧に比べ24時間血圧(ABP)や家庭血圧の方がより鋭敏な予後指標になりうることも明らかになってきた。今井氏はこうした状況を踏まえ、装置、測定原理、測定条件の標準化が容易な家庭血圧を高血圧診療の基礎に据えるべきだと述べた。
聴診法による血圧測定の問題点
水銀血圧計と聴診法による血圧測定の信頼性が大きく揺らいでいる。米国心臓協会(AHA)の最近の報告によると、市販されている水銀血圧計の25〜50%は信頼性に問題があるという。また、聴診法については以前から測定者間で誤差が生じやすいことが指摘されている。それらに加えて最も大きな問題は、ガイドラインが定めた測定手順が実施されていないことである。
1,928人の医師を対象に血圧測定の仕方について調査した結果、測定前5分間の安静を実施していないものが32%、測定前の喫煙・コーヒー摂取を制限していないものが48%、血圧に影響を及ぼす会話をしながら測定しているものが46%、1機会に1回しか測定していないものが42%、複数回測定する際に1〜2分の間隔をとっていないものが39%と、ガイドラインの指示する方法を実施していない医師が極めて多かった。もちろん、こうした状況は改められな ければならないとはいうものの、多忙な実地診療の中で、ガイドラインに準拠した測定法が広く定着することはほとんど期待できないであろう。
家庭血圧を軸にした高血圧診療を推進すべき
では聴診法で測定される外来血圧に代わってどのような血圧を重視すべきであろうか。近年、ABPや家庭血圧が外来血圧に比べ優れた予後指標となりうることを示す成績が蓄積されてきている。例えば、非医療環境下でのみ高血圧を呈する仮面高血圧は予後不良であることが報告されているが、これは外来血圧だけでは発見できず、ABPや家庭血圧を測定して初めて明らかになる。
一方、外来受診時のみ血圧が上昇する白衣高血圧も将来、持続性高血圧に移行するリスクが高く、その意味で外来血圧の情報は必要だが、これもABPや家庭血圧と対比して初めて診断が可能となる。持続性高血圧にしろ、仮面高血圧、あるいは白衣高血圧にしろ、詰まるところは、非医療環境下の血圧がリスク評価の基礎となるのである。
非医療環境下の血圧を把握する実地臨床に適合した方法が家庭血圧測定であることはいうまでもないが、先の医師を対象とした調査で家庭血圧について質問したところ、患者に家庭血圧の測定を勧めているという回答が90%と高率であった。別の調査では、家庭血圧を診療の参考にしていると回答した医師も87%に達しており、実地診療に家庭血圧が浸透しつつあることをうかがわせる。
家庭血圧の応用はまだ発展途上にあり、測定装置、測定条件の標準化がまだなされていないこと、家庭血圧による高血圧診断の基準値に対する医療者および一般市民の認識が不十分であることなど課題は残されているが、今井氏はガイドラインの整備と教育によってそれらの克服は可能であると述べ、家庭血圧を軸にした高血圧診療を推進すべきとの見解を示した。
降圧薬を用いていかに脳を脳卒中や認知症から防御するか
- 広島大学大学院病態探究医科学・脳神経内科
- 松本 昌泰氏
高血圧は脳卒中の最大の危険因子であり、高血圧治療により脳卒中発症は著明に抑制されることが明らかになっている。脳卒中は高齢者で多発する疾患であるが、松本氏は、高血圧治療ガイドラインが設定する高齢者の降圧目標140/90mmHg未満は脳卒中を抑制するためにはまだ不十分であり、脳梗塞予防のためには130/80mmHg未満、脳出血予防のためには120/80mmHg未満を目標とする必要があると述べ、降圧薬併用も含む積極的な降圧治療が必要であると強調した。
脳卒中予防のためには高齢者でも厳格な降圧が必要
脳卒中は高齢者で多発する疾患であり、加齢に伴う発症率上昇の程度は心筋梗塞より著明に大きい。近年の脳卒中の動向については、専ら脳梗塞の増加が強調される傾向がみられるが、脳出血も無視できない頻度で発症している。加齢は脳梗塞だけでなく脳出血の増加を伴うこと、65歳以上における脳出血の発症率は脳梗塞の1/2〜1/3にも達することが、沖縄地域の疫学調査から明らかになっている。
脳卒中の発症予防に最も有効なのは血圧管理であり、既報の大規模治療試験の成績を総合すると、降圧治療により脳卒中の相対リスクは約40%減少する。ただし、脳卒中予防からみた望ましい降圧目標については、まだ突っ込んだ検討がなされていない。疫学調査・久山町研究によると、脳梗塞のリスクは130/80mmHg以上から、脳出血のリスクは120/80mmHg以上から有意に上昇する。日本の高血圧治療ガイドラインJSH2004は、脳卒中の多発する高齢者の降圧目標を140/90mmHg未満と定めているが、脳卒中予防を目的とする場合は、もっと低いレベルを目標に治療する必要があると考えられる。
無症候性脳梗塞と微小出血の知見が意味するもの
画像診断の進歩に伴い、従来は診断が困難であった無症候性脳梗塞と微小出血が多数の症例で検知できるようになった。無症候性脳梗塞は加齢とともに増加し、高血圧患者で高頻度に認められ、脳卒中発症リスクを上昇させることが明らかになっている。脳卒中のリスクは特に高血圧を合併している症例で高いことから、この場合も血圧管理が重要となる。
もう一つ、脳卒中予防における降圧治療の比重を増大させる要因となっているのが微小出血の存在である。MRI(磁気共鳴画像診断)の普及に伴い、点状の微小出血が比較的容易に検出されるようになったが、問題は微小出血が脳出血患者だけでなく、脳梗塞患者でも高頻度に認められることである。
日本で行われた調査では、健康成人における微小出血の頻度は4.5%であったが、脳出血患者では65%、ラクナ梗塞患者ではさらに高く71%であった。欧米人、東洋人を含む5,200例以上を対象に調査した成績によると、脳血管障害の既往のないものの微小出血の頻度は5.7%、脳出血例では68%、脳梗塞例では40%であった。
このように脳梗塞患者で微小出血が高頻度に認められることから、脳梗塞の再発予防法として普及している抗血小板治療の安全性に対する指摘もある。今後、仮に抗血小板治療に制約が生じるとしたら、血圧管理の重要性はさらに大きくなるといえるだろう。
松本氏は以上の論拠に基づき、脳卒中予防のためには血圧をより低いレベルに下げることが必要であり、降圧薬併用を含む積極的治療が求められるとしたが、同時に高齢者においては血圧の下げ方にも配慮することが重要であり、脳血流を維持しながら緩やかに降圧を行うことが望ましいと述べた。
降圧薬には本当に降圧を超えた臓器保護効果があるか?
- 東京都老人医療センター・循環器科
- 桑島 巌氏
近年、降圧薬の付随作用として、新規糖尿病発症抑制・インスリン抵抗性改善作用、抗尿酸作用、抗動脈硬化作用などの重要性が強調されている。桑島氏は、これら付随作用を強調しすぎる状況に疑問を呈し、降圧薬の本来的作用である降圧効果を重視して厳格な血圧コントロールを行うことが、心血管イベントの発症抑制において最も重要と指摘した。
降圧薬の臓器保護効果を示唆したHOPE、ALLHAT
桑島氏は、まず降圧の重要性を示唆するエビデンスとして、Staessenらメタ解析から、大規模試験における治療群間の血圧差が心血管イベントの抑制効果に反映されること、特に脳卒中ではその傾向が強くみられたことを紹介した。
一方、降圧薬の降圧を超えた臓器保護効果が強調されるきっかけとなったのは、降圧効果が大きくなかったにもかかわらず心血管イベントの有意な抑制効果が得られたHOPEであろう。また、ALLHATにおいて利尿薬よりもα遮断薬の心血管イベント発症率が高かったことも、降圧を超えた臓器保護の根拠とされた。しかしながら,降圧薬の臓器保護効果における薬剤間の違いについては、冠動脈疾患、脳卒中、心不全の発症抑制などに関するメタ解析が行われているが、大きな差は認められていない。
新規糖尿病発症の抑制は心筋梗塞発症の抑制にはつながらず
次に、桑島氏は、新規糖尿病発症抑制は降圧効果を上回る心保護効果を有するかとの疑問について考察を加えた。VALUE試験では、新規糖尿病発症の抑制はアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)で優れることが示されたが、降圧効果はCa拮抗薬がARBよりも優れ、致死性・非致死性心筋梗塞や脳卒中の発症抑制もCa拮抗薬が優れていた。すなわち、新規糖尿病の発症抑制は心筋梗塞の発症抑制に寄与していないと考えられる。
Verdecchiaらは、非糖尿病、糖尿病既往、新規糖尿病患者を長期に追跡調査し、新規糖尿病のイベントフリー生存率は糖尿病既往と同等で、非糖尿病に比べ有意に低かったが、これは新規糖尿病では試験開始時から収縮期・拡張期血圧、耐糖能異常、左室肥大の程度が非糖尿病に比し有意に高かったためであり、新規糖尿病が原因でイベントが多かったわけではないことを指摘している。
降圧なくして臓器保護なし
また、INSIGHT、VALUE、LIFE、ALLHATなど実薬群を比較した大規模臨床試験では、新規糖尿病発症の抑制効果が心筋梗塞発症の抑制につながっておらず、CHARM、VALUE、LIFE、ALLHATなどをレニン-アンジオテンシン系(RAS)抑制薬と非RAS抑制薬に分けて比較した検討でも、RAS抑制薬群は新規糖尿病発症のリスク比は低かったものの、一次エンドポイント、心筋梗塞発症リスクは非RAS抑制薬群と同等あるいは高いという結果であった。
さらに、降圧薬の腎への影響をRAS抑制薬と非RAS抑制薬に分けて比較した最近の検討(Casas JP, et al. Lancet 2005; 366: 2026-33)では、末期腎不全への進展の相対リスクはRAS抑制薬で優れる傾向がみられたが、末期腎不全への進展抑制は降圧の程度に依存しており、収縮期血圧の降圧効果が大きいほど相対リスクが良好であった。すなわち、本試験でもRAS抑制薬の降圧を超えた腎保護効果は証明されなかった。
以上により、桑島氏は降圧薬の付随作用よりも降圧そのものの重要性を強調、臓器保護効果は十分な降圧を実現したうえで考慮すべきであるとし、「降圧なくして臓器保護なし」と締めくくった。
高血圧治療ガイドラインと実地診療との乖離
- 獨協医科大学・循環器内科学
- 松岡 博昭氏
近年、JSH2004などの高血圧治療ガイドラインが公表され、一般臨床医はこれらのガイドラインを参考に高血圧治療を行っている。しかし、これらガイドラインの内容は実地医療とは食い違うことがある。松岡氏は、1)家庭血圧と仮面高血圧、2)リスクの層別化、3)初診時の管理計画、4)降圧目標、における両者間の乖(かい)離を指摘し、その解消に向けた方策について考察した。
JSH2004に含まれる実地診療では不可能な規定
松岡氏はまず、JSH2004では家庭血圧は安静時に測定すべきとしている点に疑問を呈した。仮面高血圧は外来血圧<140/90mmHgかつ家庭血圧≧135/85mmHgと定義され、仮面高血圧の検出には家庭血圧測定を要する。しかし、家庭血圧はストレス下で上昇し、例えば喫煙は仮面高血圧を促進する因子と推察されている。したがって、家庭血圧を安静時にのみ測定し、ストレス下での測定を行わないと仮面高血圧を見逃す可能性がある。
また、高血圧の定義として、以前は一過性血圧上昇を高血圧とは呼ばなかったが、白衣高血圧、仮面高血圧という概念の導入によって一過性の血圧上昇が高血圧に含まれるようになったことも、このような混乱の背景にあると考えられる。家庭血圧の最適な測定法についてはまだ議論の余地が残されている。
JSH2004では高血圧患者を血圧レベル、危険因子、臓器障害/心血管病によって低リスク、中等リスク、高リスク高血圧に層別化している。それに従うならば、例えば脳の臓器障害である認知機能障害がみられる場合は、軽症高血圧でも高リスクと判定され薬物療法が適応となるが、これは現実的ではない。実地診療では、危険因子および臓器障害/心血管病を確実に検出・評価することは実質的に不可能といえる。
さらに、JSH2004は初診時の高血圧管理計画として、中等リスク高血圧患者が生活習慣の是正によっても1か月以内に血圧が正常域(<140/90mmHg)に低下しない場合は薬物療法を開始するよう推奨している。しかし、これらの患者を生活習慣の是正のみで1か月以内に正常域にまで降圧させることは非常に困難でであり、薬物治療の開始をいつ行うかについて再考が必要と考えられる。
SBPのより厳格な降圧目標値を設定すべき
JSH2000に比べ、JSH2004においては高齢者および脳血管障害例では収縮期血圧(SBP)、糖尿病合併例および慢性腎疾患例では拡張期血圧(DBP)の降圧目標値を低く設定し厳格にした。しかし、最近のNIPPON DATA80ではDBPは高齢者の心血管死に対する危険因子ではないことが示されている。また、HOT試験では、糖尿病合併例はDBP≦80mmHgで心血管リスクが最も少なくなることが示されたが、IDNT試験のサブ解析ではDBP<85mmHgで心筋梗塞のリスクが増大することが報告され、DBPの下げすぎによるリスクが示唆されている。
一方、Staessenらの解析ではSBPと心血管イベントが密接に関係していることが示され、さらにDBPの低下はイベントの減少に関与しないことも示唆されている。
これらのデータにより松岡氏は「SBPこそ、さらに厳格な降圧目標値を設定すべきではないか」と提唱した。



