βアドレナリン作動性のシグナル伝達が、ストレス耐性と心不全進展に及ぼす影響については、これまで動物モデルを用いた研究や臨床研究が多数行われてきた。特に動物モデルでは、このシグナル伝達の特定の要素を欠損あるいは過剰発現させたさまざまなモデルが作成されてきたが、アデニル酸シクラーゼ(AC)の役割についてはほとんど研究されていなかった。そこで、Vatner氏らのグループは、type5 ACを欠損したノックアウト(KO)マウスを作成し、この酵素の欠損がストレス耐性を増強し、余命を延長させるかどうかを検討した。
βアドレナリン作動性刺激は心不全を増悪させる
臨床では、心不全患者にβ遮断薬を投与すると生存率が改善するが、β作動性の薬剤を投与すると生存率が低下する。これはβアドレナリン作動性の刺激が、加齢や心不全の発症に関連しているためと考えられている。細胞レベルでは、βアドレナリン作動性刺激を受けた受容体はG蛋白を介してACを活性化し、細胞内シグナル伝達が開始される。ACは細胞膜の細胞質側に存在する蛋白質で、活性化されるとATPをcAMPに変換して、細胞内へのCaイオンの流入を引き起こす。
βアドレナリン受容体を過剰発現させたマウスは、β遮断薬を投与して受容体刺激を遮断しないと、8ヵ月後にはすべて死亡するという。このことは心不全患者にβ遮断薬を投与すると死亡率および入院率が低下し、左室駆出率(EF)が上昇するという知見と整合性がある。こうしたβアドレナリン作動性のシグナル伝達は、前述のようにACによって仲介されているが、ACが心筋肥大やアポトーシスに果たす役割については十分に解明されてはいなかった。
ACの遮断により心保護作用が亢進し、余命が延長する
ACには9つのアイソフォームがあり、そのうちtype 2、type 5、type 6が心保護作用に関連している。Vatner氏らの作成したKOマウスは、心臓に最も多く発現するtype 5 ACを欠損したモデルである。大動脈をバンド固定して心負荷を増大させると、野生型マウスでは左室肥大と駆出率低下が認められ、心筋のアポトーシス誘導が増強された。しかし、type 5 AC KOマウスでは左室肥大は同様に認められたものの、駆出率の低下は認められず、心筋のアポトーシスも抑制された。このKOマウスでは心負荷の増大に伴ってbcl-2発現が亢進しており、それが心保護作用のメカニズムに関連していると考えられた。
Vetner氏らは、実際にtype 5 AC KOマウスでは野生型マウスに比べて余命が延長し、骨強度が増強され、心筋肥大も抑制されることを明らかにしている。このメカニズムとして、type 5 AC KOマウスでは心筋におけるAC活性抑制によりRaf-1が活性化され、Raf-Mek-Erk経路によって、抗酸化作用、抗アポトーシス作用、細胞生存メカニズムが誘導されることが考えられる。
Vetner氏は、type 5 AC KOマウスは、ストレス耐性や余命延長に関連した分子についての新しい知見を提供してくれる優れたモデルであること、このモデルにより得られた情報は、βアドレナリン作動性のシグナル伝達の阻害が、心不全の発症を抑制するだけでなく、生命予後も延長するという、同氏らが長年提唱してきた概念を実証するものであることを強調して、講演を締めくくった。